【珍書:其の13 『邪馬臺詩』】

2005-01-21


 世の中には「予言書」と呼ばれるものがたくさんあります。

「1999年の7の月、恐怖の大王がやってくる」の、ノストラダムスの大予言(=『諸世紀』)や、
 映画『オーメン』に使われた「666は獣の数字」の言葉で有名な、新約聖書ヨハネの黙示録
 そして、聖母が降臨して予言を子供達に託したというファティマの予言(聖母予言)

 のっけから体感温度が下がる話題でスイマセン。引かないでください。

 まぁ、書かれてあることの真偽はともかく、今も昔も西も東も、人間は予言書の類が大好きです。
 特に「滅亡系」の予言書。これには、もの凄い力と魅力があります。
 滅びを考えないと、生きてる実感を得られないからかもしれないですな。
 
 さて、中世の日本でも、大流行した予言書がありました。
 上の画像を見てください。
 一種の謎解き詩になってまして、「東」の文字から始まって、「空」の字で終わるように読んでいきます。
 文字をたどっていくと、上段に「王」の字が3つ、下に台座のような図が現れます。
 これが、本日ご紹介する和製・予言書『邪馬臺詩(邪馬台詩・やまたいし・やばたいし)』と呼ばれる予言詩です。
 読み下すと、

 東海、姫氏(きし)の国、
 百世、天工に代わる。
 右司、扶翼となり、
 衡主、元功を建つ。
 初めには法の事を治めることを興し、
 終わりには祖宗を祭ることを成す。
 本枝、天壌に周(あまね)く、
 君臣、始終を定む。
 谷填(み)ちて、田孫走り、
 魚膾(ぎょかい)、羽を生じて翔ける。
 葛の後、干戈(かんか)動き、
 中(なかごろ)微にして、子孫昌(さか)んなり。
 白龍、游いで水を失し、
 窘急(きんきゅう)にして、胡城に寄す。
 黄鶏、人に代わって食し、
 黒鼠、牛腸を喰らう。
 丹水、流れ尽きて後、
 天命、三公に在らん。
 百王、流れ畢(こと)ごとく竭(つ)きて、
 猿犬、英雄と称す。
 星流れ、野外に鳥(と)び、
 鍾鼓(しょうこ)、国中に喧(かまび)すし。
 青丘と赤土と、
 茫々として遂に空と為る。
 
(参照:小峯和明『邪馬台詩の謎』岩波書店

 この詩は、梁の宝誌和尚(5〜6世紀の人物)の作と信じられていました。宝誌和尚と言えば、京都国立博物館にある、顔がパックリ割れて中から観音の顔が見えているという、凄い造形の像で有名です。
 この宝誌和尚、伝説に半分足を突っ込んでる人物なので、『邪馬臺詩』は宝誌和尚に仮託された偽書だとされています。
 そして『邪馬臺詩』伝承に関係する人物がもうひとり。
 奈良時代の大学者でオカルティスト・吉備真備(きびのまきび※1)です。
 昨今は、陰陽師安倍晴明が訳のわからないくらいブームになっていますが、次は絶対、吉備真備がくる! と、私は踏んでいます。
……同じ事を6年間ほど言ってますが。
吉備真備遣唐使として唐に2度留学。膨大な数の書籍や楽器を持ち帰った。2度目の帰国時には、鑑真和上を連れて帰国。人並みはずれた天才だったため、後世、様々な伝承が作られる。
 有名な逸話は、唐に渡った真備があまりにも出来杉君だったため、嫉妬した唐人が真備を楼中に幽閉して殺そうとする。しかし真備は日本人留学生の霊を使ってこれを撃破。その後も様々な罠を見事にクリアし、最後には太陽と月を隠したため、世界中が暗黒になってしまった。驚いた唐人は降参し、真備を日本に帰したという。(大江匡房『江談抄』より)

 そして、この吉備真備こそが、誰も読めなくなっていた『邪馬臺詩』を解読した人物とされているのです。
 真備が住吉明神長谷観音に祈ると、蜘蛛が降りてきて、その糸をたどって読んでいったら見事に解読できたといいます。スゴイや真備!

 さて。詩の内容に話を戻します。
 この詩が大流行した背景には、「百王思想」があるとされています。
 <百王、流れ畢(こと)ごとく竭(つ)きて>
 「百王思想」とは、中世日本で流行した、天皇家が百代目で滅ぶという思想を言います。
 天皇=国体であった当時、天皇家が滅ぶことは、つまり日本の滅亡を意味していました。
 百王思想についてはこちらのサイト様に詳しい説明がありました。
 はじめの、<東海、姫氏(きし)の国>は、日本を指すとされています。
 古来より様々な注釈があるようですが、一般的に、<東海>は日本が唐より東にある国だからと解釈され、
 <姫氏の国>は、日本が天照大神などの女帝を始祖とする国であるからとか、または「姫氏=周の文王・武王」が日本に移住したと解釈する本もあるそうです。
 <谷填(み)ちて、田孫走り、魚膾(ぎょかい)、羽を生じて翔ける。葛の後、干戈(かんか)動き>
 中世に作られた注釈書には、<葛カツラト読、又藤トモ読、藤原氏将軍出テテ後ニハ、干戈動テ天下治ベシト云。当時ノ世相当スル也>とあり、
 「葛」は「藤」を連想させるので、藤原氏と解釈されました。また、源氏の盛衰と捕らえる説もあります。
<白龍、游いで水を失し、窘急(きんきゅう)にして、胡城に寄す>
 これは、女帝・称徳(=孝謙天皇の後を継いだ光仁天皇(=白壁王)だとか、称徳天皇自身だとか言われています。
 称徳天皇は、弓削道鏡を寵愛して失政したとかで、後世、「淫乱」のレッテル貼られてしまう可愛そうな人です。エジプトのハトシェプスト女王とセンムトの関係と似てますが、称徳×道鏡カップルはボロカスに言われる一方です。
<猿犬、英雄と称す>
 古注釈によれば、猿は蒙古、犬は南蛮と解釈され、蒙古襲来を指すと考えられていました。
 他にも、滅亡は「応仁の乱」を指すという説など、その時代その時代に合った解釈をされていたようです。

 なんにせよ、
 「世界最終戦争」だの「宇宙人来襲」だの「天変地異」だの「隕石衝突」だの「一億総オタク化」だのエトセトラ。
 数え上げたらキリが無いほど、人類はいつも滅亡の危機に晒されていますね。
 でもまぁ、日々の生活に追われている人はそんな未来の人類滅亡よりも、目の前の増税やら石油価格高騰の方が死活問題だと思うのです。

<参考文献>
小峯和明 『邪馬台詩の謎』岩波書店
大森祟編 『ブックスエソテリカ 陰陽道の本』学習研究社
神鷹徳治 『歌行詩諺解』勉誠社文庫