【珍書:其の17 『ホキ内伝金烏玉兎集』】

2005年6月4日

 最近になって、やっと下火になってきた陰陽師ブームですが。
 ATOKのバージョンを上げたところ、「おんみょうじ」と文字を打つと、ちゃんと「陰陽師」と出るようになりました。以前は、「いんよう」+「し」と打たなければ「陰陽師」は出なかったのに。ちなみに「せいめい」も「晴明」が出ます。これは、喜ぶべきなのか、食らうべきなのか。
 まぁ、それだけ陰陽師が人口に膾炙しているということなのでしょう。

 このように、呪詛合戦どころか大陸間弾道ミサイルが飛んできかねない21世紀においても、人気を博している安倍晴明氏。
 彼が登場する文芸作品は結構ありますが、陰陽道そのものの著作にはあまり触れられていないようです。
 安倍晴明の名が冠せられた本は、主に2つ(※)挙げられます。
・『占事略決(せんじりゃくけつ)』
・『ホキ内伝金烏玉兎集(ほきないでんきんうぎょくとしゅう) 』
※<国書総目録>で調べると、安倍晴明には『馬上占』という著作もあるようですが、私の調査不足で詳しいことは分かりません。

占事略決
 唯一、安倍晴明の真作とされている書
 日本で成立した陰陽書のうち、現存するものでは最古の書。成立は10世紀末か。
 本書は日本に伝来していた『五行大義』や『六壬経』など多くの中国陰陽書に拠った占卜の書である。
 天一治法とか五行相生相剋法など天地の理法を説くものが多いなかで、出産時期がいつか、生まれる子供が男か女かの占い方法、待ち人や失せ物、逃げた家畜の占法など、日常生活に直接関わるものもかなり含まれている。
 百以上の詳しい頭注と脚注が付加されているが、これは晴明が書いたものではなく、鎌倉時代に書写した安倍泰統が付記したものと考えられている。

参考:『神道大系 論説編 16 陰陽道』/神道大系編纂会編集

 『占事略決』は晴明唯一の真筆とされていながらも、あまり取り上げられてはいないようです。完全に実用向きの陰陽書だからでしょう。
 変わって、人気あるのが、次に紹介する『ホキ内伝金烏玉兎集』。
 こちらは晴明の真筆ではありません。晴明に仮託して中世に書かれた偽書なのですが、様々な説話が載っており、とても面白く読めます。
 「ホキ」は外字で、正しくは
と書きます。
 どちらも古代中国の祭器のことで、は円形、は方形のものを指し、「金烏(きんう)」は太陽、「玉兎(ぎょくと)」は月を意味します。

『ホキ内伝金烏玉兎集』
 巻首に「天文司郎 安倍博士 吉備后胤 晴明朝臣撰」とあることから、土御門家(安倍家)が家祖と仰ぐ安倍晴明の著作と中世以降信じられてきたが、晴明に仮託した後世のものであろう。理由としては、晴明について述べた説話集や、『本朝書籍目録』に名前が見えないこと。現存諸本が中世後半以降の書写に限られること。、中世独特の仏教色に彩られた内容が見えること、などが挙げられる。真言・天台の密教僧、祇園感神院周辺の宗教者、土御門家の人物等の関与が考えられる。
 構成は「晴明序」「牛頭天王序」を持つ「宣明暦経(宣明暦経注)」が3巻、「造屋篇」および「文殊曜宿経」の全5巻から成る。
 「晴明序」は、『ホキ内伝金烏玉兎集』の伝達経緯、天竺の文殊菩薩→中国の伯道→晴明のいきさつを記す。
 「牛頭天王序」は、牛頭天王歳徳神、八王子、金神(巨旦)の説話に基づき、暦の運行と禁忌を述べる。
 「造屋篇」は、土木建築に関わる暦と方位、「文殊曜宿経」は仏教色の強い暦学が展開される。

参考:『日本古典偽書叢書 第三巻』/深沢徹編/現代思潮社
    『神道大系 論説編 16 陰陽道』/神道大系編纂会編集

(特に有名なのは「牛頭天王序」ですが、これは以前、【珍の探求:其の2 『恵方は回るよどこまでも』】で触れたので、今回は飛ばします)
 初っ端の章、「晴明序」に晴明の妻が登場します。
 晴明の妻といえば、
「妻が式神を怖がったので、晴明は一条戻橋の下に式神を待機させていた」
 という「見鬼の妻」エピソードが有名です。夢枕『陰陽師』もこれを踏襲しています。
 が、しかし、『ホキ内伝金烏玉兎集』で書かれていることは違います。
(前略)即ち一巻の書を授与す。晴明、之を請け取りて、題を『文殊の裏書陰陽の内伝集』と号す。(中略)日域に帰り、書を石匣中に納め、巻をホキの内に開けざること、日久し。
 然る時、我が妻女の利花(りか)、弟子の道満と合して、密に懐昵(かいじつ)することあり。予、嘗て、之を識らず。時に妻華、彼の書を弟満に写さしむ。遂に書写し畢りて、爾して、右の如く納め置く。(中略)
 爰に道満、暫く余に争ひて安然たり。而して誤(まど)はしある故に、終にして予が頸を割(さ)かる。

抜粋:『日本古典偽書叢書 第三巻』/深沢徹編/現代思潮社

 つまり……晴明が中国に修行へ行っている間に、妻の利花が弟子の道満と浮気をしており、晴明が持ち帰って石箱の中に隠していた『ホキ内伝金烏玉兎集』を、秘密裏に道満に写させた。その後、道満は晴明を殺害したと。見事に昼ドラ並の泥沼です。
 しかし、やはり古典。上手く正義が勝つようにできています。
 この後、中国にいる晴明の師匠(師道和尚)が、第六感で晴明の死を感じ取り、日本へ飛んできます。そして、
「愁然として人に問ひ、我が塚土に到り、而して塊を穿ち、磔を棄てて見るに、皮肉爛れ朽ち、残骨のみあり。和尚已に、十二の大骨、三百六十の小骨を集め、生活続命の法を修す。晴明、再び生活す」
 蘇り……というか、リビングアンデッドですね。
 さて、晴明の師匠はどうやら、とても良い性格をしていたようで、生き返った晴明に「やられた分だけやりかえそう」と提案します。
 師匠は道満の家へ行き、
「ここに晴明はいるかね?」と訪ねた。
 道満は、
「昔そんな奴がいたなあ。誰かと喧嘩して、首を切られて死んじまったよ」と答えた。
 師匠は口を歪めて笑いながら、
「いや、さっき、そこで晴明と会ってな。『自分の家はここにあるから、来て下さい』と言われたんだよ。だから来たんだがね」
 その言葉を、道満は笑い飛ばして言った。
「もし、本当に晴明が生きてここに来るんなら、俺の首を取らせてやるよ」
「絶対そうなるからな」と師匠は笑い転げる。道満も笑いながら、
「何の根拠があって、そんな事が言えるんだ。晴明が死んだことは、周知の事実だぞ。和尚さん、あんた頭おかしいんじゃないか?」
 道満がそう言った時、
爾に晴明、茲において、安然として到る。而して道満が一頸を棄つ。
 晴明、栄然として、人世に昌(さか)えて句を此の巻に誡む、
「那々(なな)の子は産むとも、女人に意(こころ)許さざれ」。千日刈る萱、一日に滅ぶと謂ふか。

 最後は晴明の、「女なんて二度と信じるか」という愚痴でオチがついています。

 ところで、陰陽道の本を紹介しているのに、今回、全く陰陽道の話をしてないような。

※文中の訳は、私の凄まじい意訳な上に、誇大表現まで入っています。
 興味を持って勉強される方は、以下の資料に直接当たられることを強くお薦めします。
『日本古典偽書叢書 第三巻』/深沢徹編/現代思潮社
神道大系 論説編 16 陰陽道』/神道大系編纂会編集